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  <title>団長コラム</title>
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  <copyright>© Ninja Tools Inc.</copyright>
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    <item>
    <title>猜疑の美学？</title>
    <description>
    <![CDATA[<p><a target="_blank" href="//ycolumn.atgj.net/File/TABAKO.gif"><img alt="TABAKO.gif" align="middle" border="0" src="//ycolumn.atgj.net/Img/1254223813/" /></a><br />
<br />
この世の中に、超能力&ldquo;者&rdquo;だの霊能力&ldquo;者&rdquo;だのは、当然過ぎるほど当然に、存在しない。<br />
断言出来る。存在しません。<br />
<br />
確かに世の中には不可思議な事があるが、<br />
もともと不可思議な事があるのが世の中であって、それは、当然過ぎるほど当然の事。特別ではない。<br />
<br />
人智を超えたものを感知したり認知する事は、いたって当たり前の、普通の事。特別ではない。<br />
それをある程度&ldquo;味方&rdquo;にしたり&ldquo;敵&rdquo;にしたりする事は、何ら特別な事ではなく、可能な事。特別ではない。<br />
<br />
ただ、その人智を超えた何らかのものに、何らかの&ldquo;名前&rdquo;を与えようとするのは、また全く、別の事。<br />
そこには、人智を超えない人間の、色々な思惑や利害が絡む。<br />
またもしもそれの一部が何らかの形で人を介す事があったとしても、<br />
それを超能力だとか霊能力だとか呼ぶのは、少々安易で危険を孕む。<br />
<br />
さて、つまり何を言いたいかというと、まず、<br />
「何かよく分からん特別な力が、&ldquo;特定の個人や集団に宿る&rdquo;と、ふと、思わされてしまう」、<br />
「上記のような&ldquo;当然の事&rdquo;を、ふと、&ldquo;何か特別な事&rdquo;だと思わされてしまう」、<br />
そうした個人の感覚や集団の感覚の方が、むしろ&ldquo;超常的&rdquo;だという事。それは異様な事。<br />
<br />
そこで私の持論は、こうなる。<br />
そうした&ldquo;異様&rdquo;に巻き込まれないためには、&ldquo;当然&rdquo;と&ldquo;異様&rdquo;を、間違えないようにするためには、<br />
いつも猜疑心を持っておくべき。<br />
何故なら、「正しい猜疑心は、清き信仰心の何倍も美しく純粋なもの。」だから。<br />
<br />
ここから、人として人の巣である社会で生活する上での話にスケールを合わせる。<br />
<br />
共同生活や共同作業をする者の中に生まれる正しい信頼関係は、<br />
「信じるか信じぬか」の思考や言葉を超えて生まれるものであって、<br />
「信じるか信じぬか」をわざわざ問いかけてくるようなモノや、その判断が必要なモノに対しては、<br />
常に猜疑心をもって臨むべき。<br />
<br />
「信じるか信じぬか」をわざわざ問うものは、元来その全てが多かれ少なかれ&ldquo;詐欺的&rdquo;であり、<br />
しかし社会で機能する全ての個人活動・企業活動・公共活動等々の大半に、その側面がある。<br />
宗教も思想も政治も企業も商品も、その大小に関わらず。なんにでも、かんにでも。<br />
人の世の中の全ての物事が、「信じるか信じぬか」と問うている。<br />
<br />
よって、人の世の中においては、全ての物事の何に対しても、100％信じきってはいけない。<br />
もし何かが100％正しいと思ったら、同等の100％で疑ってこそ、<br />
その真の姿や真の価値と、真摯に向き合える。<br />
<br />
そう思う。という事。<br />
<br />
<br />
あ。でも別にそれを哀れんだり批判したり、何かが変わるべきだとは思わない。<br />
もともとそういったもんが、人の世の中なのであって、<br />
そういったもんでない社会は、過去一瞬として、存在した事がない。<br />
<br />
それは全然、悲観的な事ではない。むしろ、楽しい事に思う。<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>雑記、色々。</category>
    <link>http://ycolumn.atgj.net/%E9%9B%91%E8%A8%98%E3%80%81%E8%89%B2%E3%80%85%E3%80%82/%E7%8C%9C%E7%96%91%E3%81%AE%E7%BE%8E%E5%AD%A6%EF%BC%9F</link>
    <pubDate>Mon, 18 Jan 2010 17:41:00 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>若気の至り パート１？</title>
    <description>
    <![CDATA[<p><a target="_blank" href="//ycolumn.atgj.net/File/TABAKO.gif"><img alt="TABAKO.gif" align="middle" border="0" src="//ycolumn.atgj.net/Img/1254223813/" /></a><br />
<br />
そういえば10年前かそれ以前には、げんこつHP内に、<br />
自分がけっこう好き勝手にものを書くページがありました。<br />
<br />
でも放っておくと、バカな事や、青臭い事や、ヤバイ事や、変な事を、<br />
どんどんどんどんそこに書いてしまうので、<br />
やっぱり恥ずかしくなって、そういったページは一切、やめたのでした。<br />
<br />
そっから少しだけ大人になって、「絶対に当たり障りのない事しか書かないぞ。」と心に決めて、<br />
ブログ的日記ページを、団員巻き込んで、始めたのでした。<br />
<br />
そしてそれを５年ほどやって、「ちょっとは大人になったかしら」と、<br />
この団長コラムを始めたのでした。<br />
<br />
ああ、精神的成長・人間的成長の、この遅さよ。<br />
<br />
<br />
さて何故今そんな事を改めて申しましたかといいますと&hellip;。<br />
<br />
その、10年以上前の、好き勝手にもの書くページのあった頃の、<br />
なにやらメモのようなものが、&hellip;出てまいりました。<br />
<br />
&hellip;&hellip;出てこなきゃいいのに、出てきちまいやがりました。<br />
<br />
あーあ。<br />
<br />
出てきちまったからにゃあ、放っておけねー性分です。<br />
<br />
若気の至り、ここに晒しちまいましょう。<br />
<br />
--------<br />
メモ１<br />
--------<br />
<br />
<font color="#000080">他の芝居への感想を求められても困る。<br />
<br />
どこかの劇団を心の底から良いと思ったら最後、そこに頼み込んで土下座して、<br />
無理やり何とか潜りこんで、お手伝いでもなんでも、させてもらうしかないから。<br />
<br />
だから、そうした事をせずに命削るような思いをして自分で作品を作っている、<br />
例えば劇団主宰者などは、自分の作品が世界で一番、或いはそうなれると、思っているはず。<br />
<br />
それなのに何故誉め合えるのか、まったくもって理解不可能。<br />
<br />
もっともっと、素直に言えばいいと思う。でも言われた方も別に、それに怒りを覚える必要はない。<br />
どう言われようと、自分の作っているものに誇りを持っているのだし。<br />
<br />
そんなもんは、ボロクソに言い合ってナンボじゃね？</font><br />
<font color="#ff6600"><br />
<font color="#0000ff">＜今の見解＞<br />
<br />
いやいや&hellip;、<br />
「アレも好きだしコレも好き」「アレは好きだけど自分のすべきはコレ」そういった考え方もあるですよ。<br />
またもしも自分が何かを「クソつまらん」と思っても、それが好きな人もいるですよ。<br />
だから公の場では、発言を慎まなければいかんです。責任を持った発言をするべきです。<br />
<br />
ただ。発言に責任を持つべきとは思うけど、本音を言えば、<br />
「発言を慎まねばならない風潮」が、特に、閉ざされた世界では強すぎるように感じ、<br />
それは諦めつつも、今も正直、時々鬱陶しい。</font></font><br />
<br />
--------<br />
メモ２<br />
--------<br />
<br />
<font color="#000080">芝居とは何ぞや、演技とは何ぞや、と、考えるのはくだらないと思う。<br />
芝居とか演技なんて、単なる手段でしかないし、音楽も美術も映像も演劇も、単なる手段でしかない。<br />
<br />
熟練したり向上したり巧妙になる事はあっても、手段は手段でしかない。<br />
その手段を使って何をやるかが、重要。<br />
そこがスッポリ抜け落ちて、手段だけコネクリ回したって何も生まれない。<br />
<br />
だから役者が大きな顔をしてはダメだ。<br />
役者は作品を作る部品や道具となって、滅私奉公、働かなきゃダメだ。<br />
例えば素晴らしい役者による素晴らしい演技だけをこれでもかと見せられても、で？としか思えない。<br />
<br />
また、脚本家や演出家も、大きな顔しちゃダメだ。<br />
作品を構成し作り上げるためのエンジンとなって、滅私奉公、働かなきゃダメだ。<br />
例えば素晴らしい脚本家による素晴らしい演出だけをこれでもかと見せられても、で？としか思えない。<br />
<br />
それ自体は、もしかしたら娯楽にはなるかもしれないが、<br />
その手段を使って、何をやり、何を与え、何を起こし、何を生み出すか、そこを忘れちゃいけない。</font><br />
<font color="#993300"><br />
</font><font color="#0000ff">＜今の見解＞</font><br />
<br />
<font color="#0000ff">はい、今もだいたいその通りだと思います。<br />
<br />
が。演技そのもので魅せる演劇や、脚本そのもので魅せる演劇は存在していて、<br />
それはそれで非常に存在価値があると思うので、それを否定してしまってはいけない。<br />
そこを否定してしまうと、演劇自体を否定して、社会運動を始めかねない。別に社会運動はしたくない。<br />
<br />
なので自分は、そういった性質を持つ演劇というものを、出来るだけ有効に、利用させてもらえばいい。</font><br />
<br />
--------<br />
メモ３<br />
--------<br />
<font color="#000080"><br />
たとえ人の一人一人はそれぞれ素晴らしい人間であっても、集団になれば、<br />
良い部分は削られながらプラスされていき、悪い部分は掛け算的に、膨れ上がっていく。<br />
或いは、プラスされるはずのものがマイナスになったり、マイナスされそうなものがプラスに転じたりする。<br />
だから一対一の関係と、集団対集団・個人対集団の関係では、性質がまったく違う。<br />
<br />
よって、&ldquo;客&rdquo;は&ldquo;バカ&rdquo;だと思って差し支えない。<br />
例えば自分自身が個人として集団に向き合う時の、そのとっかかりでは、そう思っても差し支えない。<br />
<br />
個人個人は色々な価値観や考えを持つ人間が居ても、大きな集団としての&ldquo;客&rdquo;は、<br />
「他の皆が笑ってるんだから面白いんだろう。」（それかその逆。）<br />
「有名な誰それさんが良いと言っているんだから良いんだろう。」（それかその逆。）とか思う。<br />
人間の弱さが、そうさせる。その部分がうまく働く事もある。<br />
<br />
ただだから、そうした&ldquo;意識&rdquo;や&ldquo;思考&rdquo;や表層的な&ldquo;感情&rdquo;なんかは、ズバッと飛び越えたものを作りたい。<br />
良いとか悪いとか面白いとか面白くないとかは勝手に思ってもらっていいけど、<br />
普段思ってる事や、知らずに持っている固定概念を、まず壊してしまいたい。<br />
<br />
そうして、まず、集団でいられなくしてやる。<br />
<br />
集団という、隠れ蓑を壊して、まず一対一になってやる。<br />
<br />
すると、&ldquo;客&rdquo;も集団の中に安穏としていられなくなるはずで、<br />
何より自分も、&ldquo;客&rdquo;を&ldquo;バカ&rdquo;と捉えたり、そうして無意識に楽をしようという方向に、進まずに済む。<br />
<br />
そのためには、難しい理屈も理論もいらない。<br />
どんな人生を送りどんな学歴を持ってるも関係なく、ただただ単純に、&ldquo;驚き&rdquo;や&ldquo;衝撃&rdquo;を与えたい。<br />
<br />
しかしげんこつ団の場合には、視覚や感性に訴えかけるやり方ではなく、<br />
発想の転換や逆転、といった方法で。その結果生まれるものが、笑いであればいい。<br />
<br />
視覚や感性に訴えかけるものは、ときにアートとなりやすく、アートというものは、自己満足を共有しやすい。<br />
しかし笑いの場合、緩さや惰性に傾かず、妥協をしなければ、物凄くタイトに、<br />
純粋な客との敵対関係を、保っていけるように思う。</font><br />
<br />
<font color="#0000ff">＜今の見解＞<br />
<br />
別にそう思っててもいいけど、<br />
お客様に対して&ldquo;バカ&rdquo;というような言い方をするのは、やめなさい！！</font><br />
<br />
--------<br />
<br />
以上。<br />
<br />
過去の自分を振り返り、今の自分を見つめなおし、あー、もっと粋な大人になりたい。<br />
<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>雑記、色々。</category>
    <link>http://ycolumn.atgj.net/%E9%9B%91%E8%A8%98%E3%80%81%E8%89%B2%E3%80%85%E3%80%82/%E8%8B%A5%E6%B0%97%E3%81%AE%E8%87%B3%E3%82%8A%20%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%88%EF%BC%91%EF%BC%9F</link>
    <pubDate>Wed, 13 Jan 2010 19:04:24 GMT</pubDate>
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  </item>
    <item>
    <title>そういえば。</title>
    <description>
    <![CDATA[<p><a target="_blank" href="//ycolumn.atgj.net/File/TABAKO.gif"><img alt="TABAKO.gif" align="middle" border="0" src="//ycolumn.atgj.net/Img/1254223813/" /></a><br />
<br />
そういえば昔は演劇をやっている人とどうやって接していいか分からなかった。<br />
<br />
演劇をやっている人との接点が、ずっとまったくないままだったから、<br />
いざ急にそういう人達と初めて接する事になった時、とても困った。<br />
<br />
イメージでは、演劇をやっている人は皆、明るく元気で個性的、と思ってた。<br />
だけど自分は、明るくもないし元気でもないし、まず個性的ではなかった。<br />
<br />
でも、なんでもない田舎の中学生か高校生みたいにしていては、いけないと思った。<br />
ナメられると思った。失礼だと思った。とにかくなんとかしなきゃとテンパッた。<br />
<br />
だからその頃の記憶、あんまりない。<br />
<br />
本当に、普段の自分は個性的ではない。なんでもない。すぐ埋もれる。<br />
個性として挙げられるものがなくて、今も時々困る。<br />
<br />
でも今は、それでもいいやと思う。<br />
演劇をやっている人が皆、明るく元気で個性的ではない事も知ったし。<br />
<br />
今となっては、なんでその頃そんなにテンパッてたんだか、意味がわからない。<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>雑記、色々。</category>
    <link>http://ycolumn.atgj.net/%E9%9B%91%E8%A8%98%E3%80%81%E8%89%B2%E3%80%85%E3%80%82/%E3%81%9D%E3%81%86%E3%81%84%E3%81%88%E3%81%B0%E3%80%82</link>
    <pubDate>Tue, 29 Dec 2009 09:12:10 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">ycolumn.atgj.net://entry/22</guid>
  </item>
    <item>
    <title>青臭い、ウワズミ話。</title>
    <description>
    <![CDATA[<p><a target="_blank" href="//ycolumn.atgj.net/File/TABAKO.gif"><img alt="TABAKO.gif" align="middle" border="0" src="//ycolumn.atgj.net/Img/1254223813/" /></a><br />
<br />
例えば。<br />
あまり知らない人と何か共通話題はないかと思ってて、ふいに接点が見つかって乗っかってみたら、<br />
勢いに任せて乗っかりすぎて、思ってない事まで言っちゃう。そういう事はよくある事。<br />
でも別にいいやと思う。<br />
<br />
実体験から得たものや実体験から得た信念のようなもの以外は、<br />
「考え」とか「思い」なんてものは、ウワズミみたいなものと思う。<br />
ほんの時々は上質のスープやエキスが取れる事もあるかもしれないけど、そんなのは稀。<br />
大概は、それだけじゃ何の役にも立たない薄い汁や、取り去るべき灰汁のようなものが浮かぶだけだと思う。<br />
<br />
或いは中身があまりにも腐っていたらそれは毒や害にしかならないかもしれない。<br />
もしくは、そうであっても突然変異的に、物凄く役立つものも生まれるかもしれない。<br />
結局、ウワズミはウワズミ。沈殿物から出た色んなものの化合物。<br />
<br />
だから、ウワズミばっかり捏ね繰り回す事や、<br />
ウワズミの体裁ばっかり整えようとする事は、どうでも良くなってくる。<br />
<br />
何でもない会話などで表に現れるのは、確かにウワズミの部分が主で、<br />
だから魅力的なウワズミを作れる人は、人付き合いがうまいと思う。<br />
魅力的なウワズミを作れる人は、大概はその中身も魅力的で、<br />
それがいつも活性化してるから、魅力的なんだと思う。<br />
しかし同時に、ウワズミだけをキレイにしている、エセ人間も多い。<br />
そんなもんに騙される事だけは、絶対したくない。<br />
また、そんなもんに影響される事も、一切したくない。<br />
<br />
ウワズミマジックを使って人を煙に巻く人がいる。<br />
自分のウワズミがマジックを起こし、それに騙される人がいる。<br />
自分のウワズミをコントロール出来ずに、それに踊らされる人がいる。<br />
それはそれでいいのかもしんない。<br />
<br />
ただ例えば、ごまかしのきかない何かを作り出す場合などには、<br />
ウワズミだけでは騙しきれない部分も出てくるだろう。<br />
また、ここぞという大事な時や突発的な何かが起きた時には、<br />
大事にしてたはずのウワズミなんか、一気に全部、吹き飛ばされてしまう。<br />
<br />
どんなに考えを捏ね繰り回した所で、それが薄い思考にしか寄らないものだった場合は、<br />
それは何らかの拍子で軽く覆されたり、吹き飛ばされたりする。<br />
地に足をつけなくてはいけない、実体験を大事にしなければいけない、<br />
他の人のウワズミを沢山吟味しなくてはいけない、自分のウワズミを他の人に味見させなくてはいけない。<br />
<br />
あれこれあれこれ、そんな風に思うから、<br />
表面的で儀礼的な会話なんかは、やっぱけっこうどうでもよくなってくる。<br />
つい、そん時さえ良ければいいやと思ってしまう。だから時には思いも寄らない事も言える。<br />
その後に大きな矛盾さえ出なければいい。あとは実際の行動が大事と思う。<br />
<br />
ただ、物事をあれこれ考えたり、思いをあれこれ巡らせるという事に関しては、<br />
本当にどうでもよい。あんまりしない。<br />
あれこれ考えたりはするけど、どうにでも転べる。<br />
色んな情報には興味を持つけど、ストックしとくだけ。<br />
<br />
自分の本体は、外からも自分からもよく見えるウワズミにはなく、<br />
もっと深く沈んでいる沈殿物にあって、それは自分でもちょっと見えづらい。<br />
そこには、「思考」や「感情」や「人間性」なんかのウワズミなんかからは、<br />
想像も出来ないようなものが沈んでいる。<br />
或いは、浅いとこには実体験による結果が積み重なって沈んでいるかもしんない。<br />
自分でそれを良いと思うも悪いと思うも関係なく。<br />
しかもその鍋やドラム缶の底は、普通では見える事がない程深い。<br />
いやもしかしたら底なんかないのかもしんない。<br />
<br />
そう思うと益々、表面的な会話や交流を軽視するようになってしまうけど、<br />
でも人間同士の社会的な繋がりにおいては、それは必要不可欠。<br />
<br />
それは、社会に生きるうえでは、必要不可欠な事と思う。<br />
それは、「寒い場所や季節以外は服なんか着なくてもいいじゃん」と思いつつ、<br />
町に住んでいる以上、服を着なけりゃいけない、人並みの格好をしなけりゃいけない、のと同じ。<br />
<br />
でも、それがウワズミでしかない事は、いつも念頭に置いておかないといけない。<br />
それに、捉われたり縛られたり騙されたりが、御免な場合には。<br />
<br />
&hellip;とか。<br />
<br />
こんな事をわざわざ改めて文章にしてみると、<br />
かなり青臭いなあと感じる。いわゆる中二病的寒さを感じる。<br />
<br />
長いわりにどーでもいい。くだらねえ。阿呆らしい。<br />
「結局人間は生まれたらいつかは死ぬんだよ」とか書いちゃうのと同じ匂いがする。<br />
<br />
&hellip;&hellip;という事を今感じたのが、今回、この事をザーッと書いて、得た事。<br />
<br />
だけど載せちゃう。戒めのために。<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>雑記、色々。</category>
    <link>http://ycolumn.atgj.net/%E9%9B%91%E8%A8%98%E3%80%81%E8%89%B2%E3%80%85%E3%80%82/%E9%9D%92%E8%87%AD%E3%81%84%E3%80%81%E3%82%A6%E3%83%AF%E3%82%BA%E3%83%9F%E8%A9%B1%E3%80%82</link>
    <pubDate>Tue, 29 Dec 2009 06:32:52 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">ycolumn.atgj.net://entry/21</guid>
  </item>
    <item>
    <title>音響・音楽。</title>
    <description>
    <![CDATA[<p><a target="_blank" href="//ycolumn.atgj.net/File/TABAKO.gif"><img alt="TABAKO.gif" align="middle" border="0" src="//ycolumn.atgj.net/Img/1254223813/" /></a><br />
<br />
ここのところげんこつ団公演で使用している、<br />
オープニングやエンディングや幕間の曲は、自分で作っています。<br />
<br />
素人に毛も生えていない程度の、お恥ずかしい音楽です。<br />
<br />
こないだ初めて自分の音楽遍歴を振り返ってみたら、<br />
なんだかちょっとくだらなかったので、ザザッと書いてみました。<br />
<br />
しかし誰もまったく興味ないと思うので。この記事は、無視して下さい。<br />
<br />
ではザザッと。<br />
<br />
<br />
物心ついた頃に突然買ってくれとせがんだレコードが、<br />
何故か、ドボルザークと富田勲。<br />
<br />
「有名なアイドルにでもなれたらそりゃ嬉しいけど、<br />
　現実は誰かのお嫁さんになれたらそれが一番の幸せかも☆」みたいなノリで、<br />
「有名なソリストにでもなれたらそりゃ嬉しいけど、<br />
　現実はどこかのオーケストラの一員になれたらそれが一番の幸せかも☆」と思い始める。<br />
<br />
「何か楽器がやりたいけど楽器は何でもいい」<br />
「将来オーケストラに入れる楽器なら何でもいい」と言って親を困らせる。<br />
その頃、笛系の楽器では何も教わらなくても、<br />
それを手にしてすぐさま、聞いた曲や自作の曲を美しく演奏出来た(&larr;自慢。)ので、<br />
楽器は、無難な笛系、フルートになる。<br />
<br />
本格的にフルーティストの先生の所にフルートを習いに行き始める。<br />
しかしピアノを習えばよかったのに、そこが富田先生の影響か、<br />
何故かエレクトーン教室へ。(&larr;シンセの存在、知らず。)<br />
<br />
地道な練習の積み重ねによりフルートは上達。同時に強制的に、エレクトーンからピアノに転向。<br />
しかしやはりピアノに一切興味持てず。一切練習せず。結果、勿論まったく上達せず。<br />
<br />
また、フルートは上達したものの、まず譜面通りに演奏しなさいという教えを忠実に守りすぎて、<br />
一時期、機械のように正確な演奏しか出来なくなる。<br />
もっと自由にやりなさいと言われて、どっちなんだと思う。<br />
<br />
結局、ピアノが好きになれずに、音楽学校に行くのをやめる。<br />
もっと自由にやることにする。<br />
<br />
その頃、聞く音楽はクラシックから、ジャズ、現代音楽、民族音楽等に広がるが、<br />
中学に入って、周囲の年頃の娘さん達はそんなもの聞いていないのにハタと気づく。<br />
そこで３年ほど、音楽を聴くのをやめてみる。<br />
同時に頑張ってチェッカーズとかを聴いてみようとする。すぐ断念。<br />
<br />
高校入って、再び色んな音楽を聴く。何故か古い人達の音楽ばかり聴く。<br />
何故かまずプログレにハマる。King CrimsonとかPink Floydとか。<br />
で、ロックにはハマらずメタルにはハマらず、なんとな～くノイズにハマりかけてから、<br />
何故か突然、ビートルズに、かなりディープにドップリ。<br />
勢いでイギリスに移住してしまいそうなぐらい、マニアックにドップリ。<br />
でも今になっても、イギリスには一度も行けぬまま。<br />
<br />
ビートルズに飽きたら、ジャンルに特化した店を色々回り、闇雲なジャケ買いを開始。<br />
洋楽と間違えてP-MODELの古いレコードをジャケ買いして、日本人のバンドを初めて気に入るも、<br />
その時は、もう死んだ人か居ない人だと思う。(知らない人は無視して下さい。)<br />
その流れで見知らぬ同級生に有頂天を薦められて気に入るも、<br />
その時には、もう死んだ人か居ない人だと思う。(芝居の人と同一人物だと思わなかった。)<br />
つまりナゴムギャルにもなり損ね。(&larr;同年代にしか分からない話。)<br />
<br />
この頃から、音楽を聴くというよりパフォーマンスを見るような気持ちで、<br />
色んなバンドの出る小さなライブハウスに入り浸ったりする。<br />
前出のバンドもまだ居る事を知るが、確かすぐに活動停止。(だったかな？)<br />
また、もともとクラシック馬鹿だったせいか、<br />
歌詞を歌ったり叫んだりするという事への違和感がどうしても拭えず、<br />
客席で勝手に恥ずかしくなってしまうから、ライブへも行かなくなる。<br />
<br />
よく分からない国の、よく分からない人達の、レコードやCDを集め始める。<br />
マイナーな国のマイナーな人達のレコードやCDを好む。<br />
でも名前という名前が覚えられない上に、大抵、その国の文字が読めないから、<br />
どこの誰だか分からないまま聴く。<br />
今やけっこう貴重なものがあるみたいだが、今もやっぱり、よく分からない。<br />
<br />
それらとは別格として、Frank Zappaにハマりつつ、<br />
しかし根性なしとしてはドップリハマりきれないまま、<br />
その後、Mr.Bungleにちょっとハマる。<br />
<br />
で、上と同時進行で、高校１年から、再びクラシックをやりたくなるが、<br />
結局、音楽の学校ではなく美術の学校に来てしまったため、<br />
仕方なしに、一人、多重録音で遊ぶ。<br />
<br />
シンセを買うが元々入っている音が気に入らず、<br />
仕方なしに、一人、音作りで遊ぶ。<br />
<br />
曲とも音楽ともつかない、変なものを作って遊ぶ。<br />
短大の頃、自作の映像と合わせたりして遊ぶ。<br />
しかしここでつくづく、自分には音楽のセンスがないなあと思う。<br />
<br />
飽きてやめる。<br />
<br />
ずっとやらず。<br />
<br />
げんこつ団ばっかりやる。<br />
<br />
2005年くらいから、便宜上、げんこつで使用する音楽を自分で作れたら便利だと思い、<br />
オープニングやエンディングや幕間に使えるものを、<br />
「それにさえ適していればいい。」というスタンスで作り始める。<br />
<br />
でもやっぱりセンスがなくて、挫けそうになる。<br />
<br />
でも便宜上続ける。<br />
<br />
音楽をちゃんとやろうとすると大変だし、どうせ自分には出来ないから、<br />
「舞台で使用する、その瞬間だけに、適していればいいや。」と更に開き直って、<br />
テキトーなものを作ったりする。（&larr;今、ここ。）<br />
<br />
<br />
&hellip;そんな感じで、今、音響も担当しております。<br />
<br />
このように、小さい頃から、色んな事から、途中で転げ落ちてます。<br />
どれもこれもな～んの形になっていない&hellip;、どれもこれもなんとな～くハマりきれていない&hellip;、<br />
なかなかくだらない遍歴だと思います。<br />
<br />
だから、今の音響担当・音楽担当も、どっかでポロッと転げ落ちて止める可能性大。<br />
便宜上必要だからやらねばならぬ事であって、芝居の脚本・演出や映像作成とは全然違う。<br />
いつも音響作業はとても辛い。いつも難関。いつもセンスないな～と思う。<br />
誰かビシッと適したモノを作ってくれないかなあと、いつも逃げ腰。<br />
<br />
<br />
あ、そうそう。今の音響がテキトーとは言っても、作っている時は、一生懸命です。<br />
どうせ出来ない事をムリクリやっているので、一生懸命やるしかありません。<br />
<br />
ただ、一生懸命やっても、なかなか素人に毛が生えない&hellip;。<br />
<br />
<br />
ああ。いつかは生えてくるかな&hellip;&hellip;、毛。<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>雑記、色々。</category>
    <link>http://ycolumn.atgj.net/%E9%9B%91%E8%A8%98%E3%80%81%E8%89%B2%E3%80%85%E3%80%82/%E9%9F%B3%E9%9F%BF%E3%83%BB%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E3%80%82</link>
    <pubDate>Tue, 29 Dec 2009 06:24:58 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">ycolumn.atgj.net://entry/20</guid>
  </item>
    <item>
    <title>勝手な持論。多分、その一。</title>
    <description>
    <![CDATA[<p><a target="_blank" href="//ycolumn.atgj.net/File/TABAKO.gif"><img alt="TABAKO.gif" align="middle" border="0" src="//ycolumn.atgj.net/Img/1254223813/" /></a><br />
<br />
勝手な持論。<br />
<br />
何であっても人に見せるための作品というのは、それを見る者に何らかの打撃を与えようとするものだから、<br />
その目的を果たすためには、自分などというものは完全に、&ldquo;バラ&rdquo;した上、&ldquo;バラ&rdquo;さなきゃいけない。<br />
<br />
自分のプライドも自意識も、価値観も考えも、感情も思いも、&ldquo;バラバラ&rdquo;にした後に、&ldquo;バラ&rdquo;す。<br />
ここでいう「バラし」は大道具を「バラす」といった意味での、「バラし」。<br />
つまり、持ち運びだしやすい所まで、その行為に適した所まで、バラバラに解体してしまう事。<br />
<br />
さらけ出して披露するという意味の「バラし」の方法もあるかもしれないけど、<br />
それは自分の場合、好みではない。ここでの意味は、まったく逆。<br />
<br />
さて作品のために自分を必要なだけ&ldquo;バラ&rdquo;して&ldquo;バラ&rdquo;したら、<br />
クソつまらない表層的な自分なんぞ、そこには完全に不在。<br />
<br />
自分の場合はもともと、作品には最初から、「自分など一切不在」という意識。<br />
だから&ldquo;自己表現&rdquo;と言った言葉はピンとこないし、そういった作品は、個人的には嫌い。<br />
<br />
芝居でも映画でも音楽でもなんでも、つまらないと思う作品に対して時々思うのは、<br />
「お前なんぞ、どうでもいい。」という事。<br />
<br />
それは「表層的なお前」なんぞどうでもいいという事。<br />
頭の中でコネクリ回した事や、心の中でアーダコーダ思った事はどうでもいい。<br />
<br />
そう思うのは自分の勝手だから、自分の勝手とさせて頂くとして。<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>雑記、色々。</category>
    <link>http://ycolumn.atgj.net/%E9%9B%91%E8%A8%98%E3%80%81%E8%89%B2%E3%80%85%E3%80%82/%E5%8B%9D%E6%89%8B%E3%81%AA%E6%8C%81%E8%AB%96%E3%80%82%E5%A4%9A%E5%88%86%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%AE%E4%B8%80%E3%80%82</link>
    <pubDate>Tue, 29 Dec 2009 06:20:17 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">ycolumn.atgj.net://entry/19</guid>
  </item>
    <item>
    <title>好きな映画-その１ の、２</title>
    <description>
    <![CDATA[<p><a target="_blank" href="//ycolumn.atgj.net/File/0018.gif"><img alt="0018.gif" align="middle" border="0" src="//ycolumn.atgj.net/Img/1254221975/" /></a><br />
<br />
次には、古いは古いけど、そんなに古くはない映画について、<br />
好きなもんをあれこれ書こうと思ってたんだけど&hellip;。<br />
さっきビデオを整理してたら、チャーリー・チェイスとか色々出てきた。<br />
で、古い映画の話に逆戻り。<br />
<br />
19世紀後半のパラパラ漫画のように写真を動かすようなものから、<br />
1895年だかどっかで映写式の映画が誕生して、<br />
そっから1920年代あたりまで。<br />
<br />
そのあたりが、映画というものに対して、私が一番好きな時代。<br />
<br />
舞台におけるバレエやオペラや芝居や或いはボードヴィル、<br />
もしくは舞台じゃなくても大道芸やサーカスなどなどなど、生のものしかなかったところから、<br />
映画というものが生まれて広まったのは、すげえワクワクした事だと思う。<br />
特に、見る側ではなく作る側としたら、尚更。<br />
<br />
勿論ビジネスチャンスだとかなんだとかあっただろうけど、<br />
商人気質ではない私としては、そっち方面の事よりも、<br />
現場での純粋な作り手としてあったであろう、諸々な意図に惹かれる。<br />
<br />
この技術を使って何をしようかと試行錯誤する時にあったであろう、<br />
自由さや奔放さ、人を驚かしてやろうという意思や発想や計算や技術、<br />
そしてすでに生まれ始めていたであろうセオリー通りの表現方法を、<br />
守るか、或いは敢えて新しい事をしてみようかという選択、<br />
&hellip;例えばそういったものを、作品の中に勝手に想像しては、ワクワクする。<br />
<br />
この「映画」という技術が、映像で別の場所のものを見る、記録映画や報道やニュース、<br />
作品としての、全ての映画やドラマやアニメーション、<br />
あとネットで配信される映像等の、諸々全ての発端だと思えば尚の事。<br />
<br />
作品的には、基本的にはスラップスティックなものが好きだけど、<br />
この時代のものに関しては、SFもホラーもメロドラマも実験的なものも記録映画も、何でも好きだ。<br />
どんなものでも、興味を持たずにいられるはずがない。<br />
<br />
バレエもオペラも芝居もボードヴィルも大道芸もサーカスも、<br />
人を驚かせたり楽しませたり、或いは感動させたりしようとするものの原点には、<br />
映画というものが出来た初期の頃に似た、純粋な試行錯誤があっただろうけど、<br />
何であっても長く続くと、その純粋さを潜在してキープするのは、<br />
なかなか容易ではなくなっていくかもしれない。<br />
<br />
漠然とした言い方になってしまうけど、感覚的に、<br />
原点が純粋な程、原点が明確な程、発想の自由度は増すと思う。<br />
<br />
だから、時代的に一番近いとこでそのワクワクを凝縮して感じられる、<br />
映画初期の時代や、その頃の作品に、強く惹かれるのかもしんない。<br />
だから、もしかしたら「映画」じゃなくてもいいのかもしんない。<br />
<br />
演劇を観たりやったりする程に（あ、そんなにやってないけど）、<br />
自分は「いわゆる演劇人」じゃないなあ、と、最近特に、そう思うのだけど。<br />
でもだから、まあそれは、それでいいんじゃないかと、今、思った。<br />
<br />
有り得ないけど仮にもし、自分が「演劇人」になって「演劇」を突き詰め始めちゃったら、<br />
根本的な、やる意味や目的が、全然変わってきてしまうし。<br />
私の場合、原点はそこにはないし。<br />
だから、演劇だろうと映像だろうと他の何であろうと、構わなくていいんだと思う。<br />
それは、あくまでも手段として、向き合うべき事なんだと思う。<br />
<br />
ああ、話それた。<br />
<br />
だから、その時代の映画を愛しておるのです。という事です。<br />
<br />
どの作品が&hellip;、とかは、その時代の映画は腐る程あって、<br />
光ってるのも腐ってるのも王道も邪道も色々あって、<br />
「作品全体として好きとは言えないけどこの瞬間はすげえ好き」とか、<br />
「作品全体はいいけどすげえ好きな瞬間はあんまりない」とか、<br />
色々あり過ぎて頭の中がグチャグチャして、やっぱりうまく言えない。<br />
あとやっぱり、人の名前とか作品名が覚えらんないから、うまく言えない。<br />
<br />
もし、興味があって、よく知らない方がいらっしゃったら、<br />
その時代の映画について調べてみて下さい。<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>演劇や映画についての色々</category>
    <link>http://ycolumn.atgj.net/%E6%BC%94%E5%8A%87%E3%82%84%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%AE%E8%89%B2%E3%80%85/%E5%A5%BD%E3%81%8D%E3%81%AA%E6%98%A0%E7%94%BB-%E3%81%9D%E3%81%AE%EF%BC%91%20%E3%81%AE%E3%80%81%EF%BC%92</link>
    <pubDate>Sat, 28 Nov 2009 06:39:29 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">ycolumn.atgj.net://entry/18</guid>
  </item>
    <item>
    <title>『げんこつ団』－ブラック。 </title>
    <description>
    <![CDATA[<p><br />
<a target="_blank" href="//ycolumn.atgj.net/File/TABAKO.gif"><img alt="TABAKO.gif" align="middle" border="0" src="//ycolumn.atgj.net/Img/1254223813/" /></a><br />
<br />
さっきたまたま過去の脚本やらを読み返していたら&hellip;、<br />
いやあ、昔のネタにはダイレクトにブラックなものが多い多い。<br />
<br />
すぐ人殺す、殴る蹴る、撃つ斬る唾吐くは、当たり前。<br />
赤子も殺す。老人も殺す。赤子も老人も容赦なく扱う。<br />
<br />
たしかに勢いで殺しちゃってるシーンもあるけど、しかしだいたいは、<br />
人や社会や何やかんやへの皮肉りは淡々と成立していて、<br />
見ていて、逆にスカッとさせられる。<br />
<br />
例えば、過去の病院シーン。<br />
<br />
父親立会いの感動の出産風景の後、皆で感動するだけ感動したら、<br />
その赤子は用済みになって即座にキュッと絞められて。<br />
夫婦はにこやかなまま「いやー感動した！」「今度は男の子がいいわ。」と去り、<br />
医者は赤子の死体を捨てながら「毎度～」とそれを見送る。<br />
<br />
或いは、家族の見舞いに来る時間までに、いつ死んでもおかしくない高齢の爺さんに、<br />
「大きなノッポの古時計」を歌いながら延命処置を繰り返す医者達。<br />
遂に心臓が動かなくなれば、即座に爺さんをロボ化させてリモコンで操り、<br />
見舞い家族と対面させる。<br />
<br />
もしくは、患者が診察室に入ってくるなり、それを次々と狙撃する医者。<br />
何人目かで反撃されて銃を奪われ「診察をしろ」と脅され初めて、診察し始める医者。<br />
などなど。。。。<br />
<br />
例えば今ふと思い出す中ではそれらが、自分の中で好きなげんこつブラックネタだ。<br />
あ。ちゃんと見直せばもっと良い例があるかもしれないけど。<br />
あ。自分で自分を誉めてて気持ち悪いけど。まあ昔のネタだから。<br />
<br />
ただ、たしかにお客様の中には「引く」方もいらっしゃるかと思う。<br />
例えば障害者の方が登場するシーンでも、その内容云々よりも、<br />
まず登場させた時点で、そしてそれが喜劇である時点で、<br />
受け付けない方もいらっしゃるかと思う。<br />
<br />
また、たしかにげんこつ団の芝居は喜劇であり喜劇以外の何物でもないから、<br />
お客様が引くのも、或いは自分は引いていなくても、<br />
他のお客様が引いているのをなんとなく感じてしまうのも、<br />
流れ次第では、笑いの障害となってしまう事があると思う。<br />
<br />
例えばブラックを極めて、ブラックなもの好きの方々のためだけの、<br />
ブラックづくしの公演もやりたくないわけではないけど&hellip;、<br />
でも、あくまでもげんこつ団の作品は、色々なものが詰め込まれてこそのものであるかとも思う。<br />
<br />
馬鹿もありワケ分からないのもあり、考えさせるのもありベタもあり、<br />
もちろんナンセンスもあり、全体がナンセンス的に構成されてこそのものだと思う。<br />
<br />
ただ、今思うのは、2000年以前くらいの頃のようなダイレクトなブラックネタを、<br />
&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;また、やりたいなあ。というような事。<br />
<br />
もちろん、昔のようなやり方をそのままには、やらないと思う。<br />
考えなしに挟み込んだり、考えなしに連打してしまうのは良くない。<br />
引いちゃったら、引かれちゃったら、それはお互いに、つまらない。<br />
<br />
だからそれは、軽いジャブ的な形か、重いボディブロー的な形を取らざるを得ない。<br />
「あ。びっくりした。」例えばこれが、軽いジャブ。<br />
「いつの間にかすげえブラックなんだけど。」例えばこれが、重いボディーブロー。<br />
それが、お客様が考える間もなく、お客様のいいところにヒットするように&hellip;、<br />
こちらはよくよく、考えよう。と、思う。<br />
<br />
頃合、配置、匙加減、例えばそのような３つをキーワードに、<br />
今後も、他のタイプのネタ同様に、作品にそれを搭載します。<br />
今後も、いや今後は尚一層の事、ブラックなネタを、詰め込みます。<br />
昔も今も決して、弱腰な理由でそれを避ける事は、いたしません。<br />
<br />
&hellip;という事を、今の気分にまかせて、宣言してみました！<br />
<br />
まあ。でも。そうです。<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>げんこつ団についての色々</category>
    <link>http://ycolumn.atgj.net/%E3%81%92%E3%82%93%E3%81%93%E3%81%A4%E5%9B%A3%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%AE%E8%89%B2%E3%80%85/%E3%80%8E%E3%81%92%E3%82%93%E3%81%93%E3%81%A4%E5%9B%A3%E3%80%8F%EF%BC%8D%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%80%82%20</link>
    <pubDate>Sun, 22 Nov 2009 12:09:37 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">ycolumn.atgj.net://entry/17</guid>
  </item>
    <item>
    <title>好きな映画-その１</title>
    <description>
    <![CDATA[<p><a target="_blank" href="//ycolumn.atgj.net/File/0018.gif"><img alt="0018.gif" align="middle" border="0" src="//ycolumn.atgj.net/Img/1254221975/" /></a><br />
<br />
もともと古い無声喜劇映画が大変好きです。<br />
ただ、御贔屓の喜劇人や作品があるというよりは、あちこちの作品に、<br />
ここの流れが、ここの演技が、ここのネタが、ここのシーンが好きというのが散らばっていて、<br />
どの映画が好きなの？と言われてしまうと、ちと困る。<br />
<br />
そんな時にはとりあえず、バスター・キートンが好きだと言っておきます。<br />
一番多く、そうした好きなものが、詰め込まれているからです。<br />
<br />
特にその内容においての、ダイナミックな大飛躍、気の効いた小飛躍、大胆な乗算、潔い除算などが、<br />
ぶっ飛んだ発想の転換と共に、無駄なく次々と連鎖していくのは、たまりません。<br />
また役者としての、アクロバティックな動きにも無表情ながら繊細な演技にも、<br />
一切の無駄はありません。<br />
<br />
自分が何かに影響されたのなら、一番影響されたのはこの人の作品かもしれない。<br />
アクロバットをやろうとか、無表情な演技を通そうとは思わなかったけど、<br />
内容的には、あの驚きやあの小気味良さやあの不気味さやあの発想の転換的な事を、<br />
今の自分なりの脚本やアイデアで、目指したいとは今も思います。<br />
<br />
あとギャグに関してはマルクス・ブラザーズの作品も好きです。<br />
あ。無声映画ではないけれど。<br />
<br />
一つ一つのネタの破壊力は、とても大きいと思う。<br />
その破壊力の一つ一つを、愛して止まないところがあります。<br />
ただ、それぞれのキャラクターがはっきりしている事が、<br />
この人が出てきてこうなったからこんなパターンの展開が来るだろうと、<br />
思わされてしまうのが、私的にはちょっと残念。<br />
いやそれを裏切る展開やそれを上回る展開もあるけど。<br />
一方では、そのキャラクター達自体を愛して止まないところもあるのだけれども。<br />
<br />
あとは、キリがありません。<br />
ローレル＆ハーディもラリー・シモンも、あ、ハリー・ラングドンでも、他でも色々と、<br />
敬愛する作品や、好きなポイントが、たくさんたくさん、あります。<br />
確かローレル＆ハーディは一時期ハマッたかなあ。<br />
<br />
あ。私は決して、無声喜劇映画のマニアではないし詳しくもありません。<br />
ただただ、むちゃくちゃ好きなだけです。<br />
<br />
キッカケはよく分からないけど、気づいたら好きだった感じです。<br />
何故か子供の頃から、よくマネをしてたような感じです。<br />
<br />
もともと、人の名前や物の名前をまったくもって覚えられないので、<br />
マニアにも詳しくも、なりたくてもなれません。<br />
だから、もっと語りたくても、語れない&hellip;。無念。<br />
<br />
あ。そうそうチャップリン。勿論嫌いじゃありません。<br />
ただ作品を積み重ねる毎に、人間描写や物語を語る事の方が、<br />
ネタやギャグや発想の飛躍などをどんどん上回ってしまうので、<br />
そういったものが苦手な自分は、ちょっと敬遠してしまう所もあります。<br />
<br />
あとは、映画をちょっと離れちゃうけど、<br />
ローマで起こった奇妙な出来事、という作品の舞台(ミュージカル？)は、<br />
変ちくりんな演出が可笑しかったかなあ。ブロードウエイの舞台。<br />
何で観たかは、忘れちゃった。<br />
日本で上演された事あるのかどうかは知らん。<br />
<br />
その作品は映画にもなっていて、リチャード・レスターが監督をしていて、<br />
老キートンも出演しています。その監督のセンスはもともと好きなんだけど、<br />
舞台の方が馬鹿馬鹿しかったかなあ。どうだったかなあ。<br />
<br />
あ。ミュージカル、嫌いじゃないんです。スティーヴン・ソンドハイムが好きです。<br />
Sweeney Todd や、Into the Woods、好きです。<br />
映画版や日本での上演は観た事ないんだけど。<br />
<br />
話それた。<br />
<br />
どうでもいいと思われると思うけど、そんなこんなな映画が、好きっす。<br />
他にも色々あったりするので、それはその内、「その２」で、書くっす。<br />
&nbsp;</p>]]>
    </description>
    <category>演劇や映画についての色々</category>
    <link>http://ycolumn.atgj.net/%E6%BC%94%E5%8A%87%E3%82%84%E6%98%A0%E7%94%BB%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E3%81%AE%E8%89%B2%E3%80%85/%E5%A5%BD%E3%81%8D%E3%81%AA%E6%98%A0%E7%94%BB-%E3%81%9D%E3%81%AE%EF%BC%91</link>
    <pubDate>Thu, 12 Nov 2009 19:23:34 GMT</pubDate>
    <guid isPermaLink="false">ycolumn.atgj.net://entry/16</guid>
  </item>
    <item>
    <title>演劇ギライ？</title>
    <description>
    <![CDATA[<p><a target="_blank" href="//ycolumn.atgj.net/File/0018.gif"><img alt="0018.gif" align="middle" border="0" src="//ycolumn.atgj.net/Img/1254221975/" /></a><br />
<br />
いわゆる&ldquo;演劇らしい演劇&rdquo;と、それを好む方々やそれをやっている方々が、苦手です。<br />
嫌いというか、苦手。というか、面倒くさい。というか、怖い。<br />
<br />
逆に、げんこつ団の作品は、いわゆる演劇好きな方には、嫌われる傾向にあると思っています。<br />
そんな事ないよと言って下さる優しい方々もいますが、それでも頑として、そう思います。<br />
<br />
だって、特に&ldquo;演劇&rdquo;というものを、愛し、こだわり、好んでいる方々には、<br />
わざわざ女性だけで老若男女を演っているという所で、まず、<br />
それが許せなかったり訳分からなかったり、受け付けない人も多いだろうし。<br />
また、私の脚本もまったくもって、演劇的ではないと思うし。<br />
<br />
自分がそう思っているから、だからこそ、苦手だし面倒くさいし怖いのかもしれない。<br />
<br />
演劇には色々なものがあるから、決して一概には言えないけど、<br />
ここで言う、&ldquo;いわゆる演劇&rdquo;とは、多分、<br />
人間を描く事や物語を描く事や、演技というものを観せる、という事に対して、<br />
突き詰めたり、こだわったり、努めているものになるんだろう。<br />
<br />
そういうのを観るのは、嫌いでも苦手でもないし、面倒くさくも怖くもない。<br />
何であっても、深く突き詰め、強くこだわり、真摯に努力しているものには、<br />
普通に感動するし感心するし、素直に凄いなあと思う。<br />
<br />
ただ、私のやるげんこつ団という団体の作品においては、<br />
人間を描く事や物語を描く事、演技というものを観せるという事、その３つは、<br />
誤解を恐れずに書けば、まったくもって、どーでもいい事。<br />
<br />
それらは、ネタやシーンを活かすためにしか使わないし、<br />
それがネタやシーンとのバランスを崩すなら迷わず切り捨てるし、<br />
あくまでも、手段や方法、作品を作る一部の部品としか考えていない。<br />
<br />
いわば、その後に続くネタのために人間をちょいと描き、<br />
シーンの馬鹿馬鹿しさを際立たせるために物語をちょいと描く。<br />
それは、深く人間や物語を描こうとするものに比べたらかなり、イイカゲンだし、テキトウでもある。<br />
また、最低限にそれを留めなくてはいけない時も多く、<br />
敢えてステレオタイプな老若男女を演じてもらわなくてはいけない場合も多い。<br />
また演技というもの自体は、全体の馬鹿馬鹿しさを成立させるための手段と方法に過ぎない。<br />
<br />
自分らなりに真摯に演技に取り組んではいても&hellip;、<br />
ネタのために、ちょいと描いただけのものを、どれだけリアルに出来るか努めてはいても&hellip;、<br />
そうしたスタンスがある以上、人間描写や心理描写や、物語や演技と真剣に向き合う、<br />
いわゆる演劇好きの方々からは、嫌われるんだと思う。<br />
嫌われて当然だと思う。こんなイイカゲンでテキトウな奴。<br />
<br />
あ。またこれは、脚本面で、何を描き、何を目的にしているかの違いなのかもしれない。<br />
<br />
人間描写や心理描写に重きをおいて、それを描き、その表現を目的としている場合、<br />
そのスケールは、人間の内部を映す、小さくて繊細なものになるだろうし。<br />
物語に重きをおいて、それを描き、その表現を目的としている場合、<br />
そのスケールは、人間サイズとそれを取り巻く場所や時間に合わせたものになるだろうし。<br />
（この場合スケールは、その物語自体が、日常的で等身大であるか、<br />
　非日常的で宇宙まで行っちゃうかの、実際のスケールには比例しない。）<br />
<br />
それらの結果、笑わせるのか、泣かせるのか、考えさせるのか、<br />
或いは敢えて何も感じさせないのか、色々な目的があるのだと思う。<br />
<br />
さて私のやってるげんこつ団はどうかというと、人間描写も心理描写も物語も、どこかで必ず、<br />
脱線させ、破綻させ、ぶち壊してしまう事を目的としているため、<br />
何を描いているかというと、その脱線や破綻や破壊であると言えるかもしれない。<br />
脱線や破綻や破壊のために、人間や物語を描いていると言えるかもしれない。<br />
そして最終的な目的が何かというと、そういったものから生じる笑いと言えるかもしれない。<br />
<br />
そのスケールは、結局、人間サイズでも物語サイズでもないから、<br />
逆にスケールが定まってしまう事を拒んで、ふにゃふにゃしてたり、あちこちに飛んだり、してるのかなあ。<br />
いや、人間サイズや物語サイズを飛び越えた所に、それを置こうとしているのかなあ。<br />
まあだから、つまりは、&ldquo;いわゆる演劇&rdquo;好きな人から見ると、<br />
演劇作品として必要な&ldquo;一つのスケール&rdquo;を、持っていないところがあるんだろうな。いや違うかな。<br />
<br />
ん？だんだん分からなくなってきた。<br />
<br />
まあいいや。<br />
<br />
まあだから、げんこつ団は&ldquo;いわゆる演劇&rdquo;好きな方々には嫌われやすい特性を持っているし、<br />
だからげんこつ団をやっている私は、&ldquo;いわゆる演劇&rdquo;が苦手だと、いう事です。<br />
<br />
ただ個人的には、いつも勉強したく思い、その思いは真摯なので、<br />
&ldquo;いわゆる演劇&rdquo;を観るのもやるのも、まったくもって厭わないです。嫌いではないです。はい。<br />
<br />
本当は嫌いではないんです。比較的どうでもいいけど、嫌いではないのです。はい。<br />
<br />
いやでもまあ、何だかんだ言っても結局、<br />
実際には色々な演劇があって、その枠なんぞ決まってないし。<br />
色々なスタンスやスケールがあって、その枠なんて決まってないし。<br />
もっと真面目にやってもいいし。もっとめちゃくちゃやってもいいし。<br />
真摯であり、目指す所をはっきりさせれば、何をやっても不正解はないし。<br />
<br />
だから、&ldquo;いわゆる演劇&rdquo;なんてものは、ないのかもしれない。<br />
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だからあとは出来る限り、自由であった方がいいだけなのかもしれない。<br />
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なのでこんな事をごちゃごちゃ考えたり書いたりするのは、<br />
まったくもって馬鹿馬鹿しい事だと思うのです。<br />
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&hellip;じゃあ書くな。<br />
&nbsp;</p>]]>
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    <category>演劇や映画についての色々</category>
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    <pubDate>Thu, 12 Nov 2009 17:06:32 GMT</pubDate>
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