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~団長コラム~
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演劇ギライ?

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いわゆる“演劇らしい演劇”と、それを好む方々やそれをやっている方々が、苦手です。
嫌いというか、苦手。というか、面倒くさい。というか、怖い。

逆に、げんこつ団の作品は、いわゆる演劇好きな方には、嫌われる傾向にあると思っています。
そんな事ないよと言って下さる優しい方々もいますが、それでも頑として、そう思います。

だって、特に“演劇”というものを、愛し、こだわり、好んでいる方々には、
わざわざ女性だけで老若男女を演っているという所で、まず、
それが許せなかったり訳分からなかったり、受け付けない人も多いだろうし。
また、私の脚本もまったくもって、演劇的ではないと思うし。

自分がそう思っているから、だからこそ、苦手だし面倒くさいし怖いのかもしれない。

演劇には色々なものがあるから、決して一概には言えないけど、
ここで言う、“いわゆる演劇”とは、多分、
人間を描く事や物語を描く事や、演技というものを観せる、という事に対して、
突き詰めたり、こだわったり、努めているものになるんだろう。

そういうのを観るのは、嫌いでも苦手でもないし、面倒くさくも怖くもない。
何であっても、深く突き詰め、強くこだわり、真摯に努力しているものには、
普通に感動するし感心するし、素直に凄いなあと思う。

ただ、私のやるげんこつ団という団体の作品においては、
人間を描く事や物語を描く事、演技というものを観せるという事、その3つは、
誤解を恐れずに書けば、まったくもって、どーでもいい事。

それらは、ネタやシーンを活かすためにしか使わないし、
それがネタやシーンとのバランスを崩すなら迷わず切り捨てるし、
あくまでも、手段や方法、作品を作る一部の部品としか考えていない。

いわば、その後に続くネタのために人間をちょいと描き、
シーンの馬鹿馬鹿しさを際立たせるために物語をちょいと描く。
それは、深く人間や物語を描こうとするものに比べたらかなり、イイカゲンだし、テキトウでもある。
また、最低限にそれを留めなくてはいけない時も多く、
敢えてステレオタイプな老若男女を演じてもらわなくてはいけない場合も多い。
また演技というもの自体は、全体の馬鹿馬鹿しさを成立させるための手段と方法に過ぎない。

自分らなりに真摯に演技に取り組んではいても…、
ネタのために、ちょいと描いただけのものを、どれだけリアルに出来るか努めてはいても…、
そうしたスタンスがある以上、人間描写や心理描写や、物語や演技と真剣に向き合う、
いわゆる演劇好きの方々からは、嫌われるんだと思う。
嫌われて当然だと思う。こんなイイカゲンでテキトウな奴。

あ。またこれは、脚本面で、何を描き、何を目的にしているかの違いなのかもしれない。

人間描写や心理描写に重きをおいて、それを描き、その表現を目的としている場合、
そのスケールは、人間の内部を映す、小さくて繊細なものになるだろうし。
物語に重きをおいて、それを描き、その表現を目的としている場合、
そのスケールは、人間サイズとそれを取り巻く場所や時間に合わせたものになるだろうし。
(この場合スケールは、その物語自体が、日常的で等身大であるか、
 非日常的で宇宙まで行っちゃうかの、実際のスケールには比例しない。)

それらの結果、笑わせるのか、泣かせるのか、考えさせるのか、
或いは敢えて何も感じさせないのか、色々な目的があるのだと思う。

さて私のやってるげんこつ団はどうかというと、人間描写も心理描写も物語も、どこかで必ず、
脱線させ、破綻させ、ぶち壊してしまう事を目的としているため、
何を描いているかというと、その脱線や破綻や破壊であると言えるかもしれない。
脱線や破綻や破壊のために、人間や物語を描いていると言えるかもしれない。
そして最終的な目的が何かというと、そういったものから生じる笑いと言えるかもしれない。

そのスケールは、結局、人間サイズでも物語サイズでもないから、
逆にスケールが定まってしまう事を拒んで、ふにゃふにゃしてたり、あちこちに飛んだり、してるのかなあ。
いや、人間サイズや物語サイズを飛び越えた所に、それを置こうとしているのかなあ。
まあだから、つまりは、“いわゆる演劇”好きな人から見ると、
演劇作品として必要な“一つのスケール”を、持っていないところがあるんだろうな。いや違うかな。

ん?だんだん分からなくなってきた。

まあいいや。

まあだから、げんこつ団は“いわゆる演劇”好きな方々には嫌われやすい特性を持っているし、
だからげんこつ団をやっている私は、“いわゆる演劇”が苦手だと、いう事です。

ただ個人的には、いつも勉強したく思い、その思いは真摯なので、
“いわゆる演劇”を観るのもやるのも、まったくもって厭わないです。嫌いではないです。はい。

本当は嫌いではないんです。比較的どうでもいいけど、嫌いではないのです。はい。

いやでもまあ、何だかんだ言っても結局、
実際には色々な演劇があって、その枠なんぞ決まってないし。
色々なスタンスやスケールがあって、その枠なんて決まってないし。
もっと真面目にやってもいいし。もっとめちゃくちゃやってもいいし。
真摯であり、目指す所をはっきりさせれば、何をやっても不正解はないし。

だから、“いわゆる演劇”なんてものは、ないのかもしれない。

だからあとは出来る限り、自由であった方がいいだけなのかもしれない。

なのでこんな事をごちゃごちゃ考えたり書いたりするのは、
まったくもって馬鹿馬鹿しい事だと思うのです。


…じゃあ書くな。
 

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